【2008/02/05 Tue 00:53】 友人とのお茶会。 異年齢の友人たちとのお茶会では、それぞれが持ち寄った御菓子が並びます。 「はい、これはお福分け」 幼稚園児の娘を連れ、毎年恒例の児童館での節分行事に参加した友人A子は、手提げカバンから小袋入りの“節分まめ”や飴玉、チョコレートを出しました。 「なぜ、豆まきに飴玉やチョコレートがあるの?」 私の不思議顔を察知したA子は、最近の“豆まき”事情を話し始めます。
「今はこれが豆まきの“まめ”代わり」 「じかにまいた豆、床に落ちた豆を食べることは、不衛生だと言う理由なの」
その言葉に反応したもう一人の友人B子(子育て卒業者)は、以前携わった母親クラブの児童館で行われた豆まきの姿を話し始めました。
「あの時も、豆を使って本物の“豆まき”をした後、子供たちには袋入りの豆を渡したわ」 「床に落ちたものを口にする行為は、もう認められないのよ」 「豆まきのまめも、同じ。 床に落ちたもの扱いなの」
彼女の入会2、3年後には、そのクラブでも飴玉やチョコレートが使われるようになったと言います。 飴玉、チョコレートでの”まめまき”は最近のことではなかったのです。 その時、今年の豆まきを体験してきたA子とC子が疑問を投げかけました。
「節分の豆まき、『豆まき』というのだから、やはり豆じゃなくてはいけないのじゃない?」 「でも、なぜ“豆”を使うようになったのかしら?」
話せば話すほど、私たちの不思議が増えてきました。 こんなとき指揮するのは行動力あふれるB子。 B子の号令で調べてみることになりました。
【節分の豆まき】 ・・・・・・・・・・・・・・ 日本では昔から穀物や、果実には「邪気を払う霊力」があると考えられていて、豆を蒔くことで豆の霊力により邪気を払ふということ。 豆は「魔滅(まめ)」に通じ、無病息災を祈る意味があります。 「魔の目(魔目=まめ)」に豆を投げつけて「魔を滅する(魔滅=まめ)」に通じるということ。 なぜ、豆まきの豆は、炒った豆を使うのか? 「炒る」は「射る」にも通じる。生だと拾い忘れた豆から芽が出てしまうと縁起が悪いと言われる。 豆まきは一般的に、一家の主人あるいは「年男」が豆をまくものとされ、自分の数え年の数だけ豆を食べると病気にならず健康でいられると言われています。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 調べてみれば、なるほどおもしろい。 “豆まき”には“まめ“を使わなくては意味を成さないこと。 飴玉・チョコレートの代用なんて言語道断。 節分の行事”豆まき”は、炒った豆を使い正しく執り行いたい。 少なくとも家庭では、この形を守りたい。 と、意見一致した私たちでした。 「家では正しく豆まきします」と、子育て真っ盛りの二人は帰っていきました。
疑問が解消され晴やかな表情の彼女たちを、清々しく見送る事ができました。 彼女たちの態度(姿)はきっと子供たちに伝わることでしょう。 そんな探究心あふれる若いお母さんたちにエールを送りたい。
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